飲食店における店長の重要な業務の中に、労務管理があります。ここには、さまざまな法律が絡んでいるだけでなく、ひとたび運用を間違えれば悪評が立って、人が集まらないことになってしまいます。非常に難しい内容ですが、基本を抑えてしっかり運用をしていきましょう。
労務管理に関する法律
飲食店での労務管理に関する法律には以下のようなものがあります。
労働関連法規
労働基準法
労働時間・割増賃金・休憩・解雇などが規定されています(下部で解説)。
2019年4月施行の「働き方改革関連法」で時間外労働の上限規制が導入されました。
最低賃金法
地域別の最低賃金が決められています。
2024年度全国平均1,055円、東京1,163円(10月1日適用)
高齢者雇用安定法
正式名称は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」高年齢者雇用安定法)
就労を希望する高齢者の雇用確保と環境整備の促進を目的として定められています。
2021年の改正で70歳まで努力義務が追加。
2025年の改正で65歳までの雇用確保の完全義務化となりました。
男女雇用機会均等法
雇用された従業員が、性別を理由にして差別を受けることがない男女間の格差をなくし、個々人が十分に能力を発揮できる雇用環境を整備するための法律です。
ハラスメントや、妊娠・出産における女性の健康管理と不利益取扱い禁止。
2023年の改正では、配偶者出産時の有給取得についても規定されました。
短時間・有期雇用労働法(旧パートタイム労働法)
パート・アルバイト・契約社員として働く方の環境を良くするための法律です。
同一労働同一賃金など、正社員とパートタイム労働者、有期雇用労働者との不合理な待遇差の禁止や賃金規程の合理的説明義務などが盛り込まれています。
労働保険法規
労働保険とは、「労働者災害補償保険法」と「雇用保険法」をあわせた総称で、すべての事業所が加入しなければならない強制保険です。
労災保険は、労働者が業務中または通勤中にケガや病気を負った場合に治療費や休業補償、障害・遺族給付などを行う制度。飲食業では、火傷や転倒、包丁による切創など労災リスクが高いため、適切な加入と手続きが必要です。
雇用保険は、労働者が離職した際の失業手当や、育児休業中の給付金、職業訓練の支援などを行います。週20時間以上働き、31日以上の雇用見込みがある従業員(アルバイトを含む)は、原則加入対象となります。
飲食店では雇用形態が多様なため、適切な判断と届出が求められます。未加入が発覚すると事業主に追徴金や是正勧告がされることもあるため、正しい理解が不可欠です。
社会保険法規
社会保険とは、健康保険・厚生年金保険・介護保険の3つを指し、一定の条件を満たす事業所では、従業員を加入させる義務があります。
たとえば、正社員はもちろん、週の労働時間が常勤の3/4以上あるパート・アルバイトも対象です。社会保険に加入することで、従業員は病気や出産時の医療費補助、老後の年金、要介護時のサービスなど幅広い保障を受けられます。
健康保険は、医療費の3割負担や傷病手当金制度などがあり、労働者の生活を下支えします。
厚生年金は、将来の年金受給額が国民年金よりも多くなる制度です。法人ならびに常時5人以上の従業員がいる個人事業主は加入する義務がありますが、個人事業者で飲食店を経営している場合は、非適用業種になるため強制適用とはなりません。
いかに多いかがお分かりでしょう。これら、すべてを守らなければならないのです。
では、主要な法規を個別に見ていきましょう。
労働基準法と36協定
労働の基本となるのは、労働基準法です。
これによれば、以下のようになっています。
労働時間は、1週間40時間、または、1日8時間(休憩時間を除く)
休日は、原則、毎週最低1日。例外として4週間に最低4日
このため、労働外時間や休日労働をさせる場合、36(サブロク)協定を締結し届け出なければなりません。
①時間外または休日の労働をさせる必要のある具体的事項
②業務の種類
③労働者の数
④1日および1日を超える一定の期間について延長することができる時間。または、労働させることができる休日
⑤協定の有効期間の定め(労働協約による場合を除く)
これらを決め、労基署へ届出ます。
届出なしの残業は即違法となり、割増賃金を払っても免れられません。
また、36協定を結んだからと行って、無制限に働かせられるわけではありません。当然、上限があります。それが以下です。
・1ヶ月:45時間
・1年:360時間
特別条項付きの場合、以下が上限となります。
① 年720時間以内
② 複数月平均80h(休日労働含む
③ 月100h未満
みなし残業代とみなし深夜勤務手当
飲食店では、深夜勤務(夜10時~朝5時までの勤務)や残業代(週40時間を超える時間外労働)が発生したり、休日に仕事をするケースが多くあります。そのような場合、あらかじめ「固定残業制度」を採用することで、わざわざ計算をしなくてもよいこととなっています。これを「みなし残業時間代」などを言います。
注意していただきたいのは、みなし残業時間代を払ったから、それ以上は支払わなくてもよいとう意味ではない点です。あくまでも、みなし残業時間やみなし深夜勤務手当を超えて仕事をした場合、該当分は支払わなくてはなりません。
以下の項目を決めておきます。
・固定残業制を明示
雇用契約書に「基本給」「みなし残業○時間分○円」を分けて記載
・超過分は必ず追加支給
みなし時間を1分でも超えた分は割増計算
・深夜割増(22:00~翌5:00)も別建て
残業割増25%+深夜割増25%で計50%
・「管理監督者だから残業代ゼロ」は極めて限定的
権限・裁量・賃金が支配人クラス並でない店長はほぼ該当しない
・固定残業が最低賃金を下回らないかチェック
みなし残業分を除いた「基本給部分」が地域別最低賃金以上か毎年確認
最低賃金は毎年更新される
アルバイトを雇うとき、最低賃金を下回る金額提示をしているケースを見かけます。これは人不足の原因となるほか、法令違反となるため、すぐに対処しなければなりません。
最低賃金とは、最低限支払わなければならない賃金のこと。「研修中だから」「アルバイトだから」といった区分はなく、雇用関係を結んだすべての人が対象となります。つまり、この金額以上のスタート時給を設定しなければならないということです。
もし、最低賃金以下の時給で働かせた場合でも、最低賃金で契約したものとみなされ、不足分を支払わなければなりません。
最低賃金は毎年改定されており、10月に翌年分が発表されます。さまざまなところで見ることができますが、厚生労働省のサイトで確認するとよいでしょう。
厚生労働省 地域別最低賃金の全国一覧
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/
違反が見つかれば、労働基準監督署から是正勧告がくる
労働基準法が守られているかを監督するのが、労働基準監督署です。もし、労働者と従業員がトラブルを起こした場合や、辞めた後に法令違反を訴えた場合などに、労働基準監督署が立ち入り検査を行います。これを「臨検」と言います。
この際、違反が認められると「是正勧告書」が交付され、指定の日までに是正をしなければなりません。
一方、店舗運営の現場では、人手不足から雇っている店長や社員に休日を取らせられなかったり、残業が多くなったり、休憩をきちんと取らせられなかったりします。しかし、それでは、ますます厳しくなる世間の目や行政の方向に太刀打ちできません。飲食店は、何とかして法律を守りながら、経費コントロールをしなければ行けなくなっているのです。
【違反時のリスクと是正プロセス】
ステップ |
概要 |
経営リスク |
臨検 | 労基署職員が帳簿・シフト・レジ記録等を調査 | 是正勧告書受領 |
是正勧告 | 期限内に改善報告書提出 | 未改善で書類送検・罰則 |
企業名公表 | 悪質事案は厚労省HPで社名公表(ブラック企業リスト) | 取引・採用に重大影響 |
民事賠償 | 未払い残業や慰謝料を従業員から請求される | 過去2年分(5年分へ延長議論あり)+付加金 |
経営者は労務管理をしっかりと行い、法令違反がないようにしてください。
まとめ
「働き方改革」以降、時間外上限や最低賃金は年々厳格化しており、人件費は高騰しています。36協定の届出やみなし残業の正確運用、毎年改定の最低賃金チェックは欠かさず行ってください。
違反は罰則・社名公表・採用難で事業継続に直結するリスクが発生します。店長だけでなく、経営者が勤怠システム・賃金規程・労務監査をアップデートし続けることが、生き残りの鍵となります。